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眠れぬ夜に

今日の、サッカー日本代表の試合、見ている間に感情の起伏がどんどん低下していき、最終的に、無の境地に達したかのように、無味乾燥した感情が残った。

たとえば、自分の前に、よちよち歩きの子供がいるとして、足下には、大きな石が落ちている。
このままだと躓いて転びそうだけど、うまく気付いて、避けないかな…と思っていたけど、やはり躓いて転んでしまった、という状況。
そこには、予想があり、期待がある。
そして、現実に起きた事象は、期待には応えることなく、生じた失望は予想の範疇に収まる。
その期待も、予想も、大したものではない。過大でもなければ、過小でもない。起きるべくしておきそうな事が、そのまま起きる、という、光景。
起きた事象に、カタルシスは皆無。感情は、盛り上がることなく、ただ、緩やかに低調化していく。

そして、画面上に映る選手の、淡々としたプレイ。
twitterでも書いたけど、オートパイロットというか、対戦ゲームのコンピュータープレイというか。あるいは、NPCとも感じた。
そこに、我が国を代表する選手はいる。だが、感情移入できない。
ドラクエで、村の入口で、話しかけると村の紹介をしてくれるキャラクターがいるだろう。彼らに、思い入れのプレイヤーはいない。
そんなわけで、今日も、目の前で、流れ作業のように、ボールが流れていくだけだった。


これは、こじつけだけど、今現在、北とのリアルな戦争の可能性をも抱える韓国に対して、「日韓戦はグラウンド上での戦争」とか「勝つか負けるか」などと決意を語る日本代表選手の言葉は、ちょっとむなしい。
日本よりずっと高い可能性で、銃と大砲でドンパチが始まるかもしれない国に対して、精神的に優位に立つのは、これからも容易ではないと思っている。

そして、それは、対韓国だけの話ではない。
一般に、「ハングリー精神」などと言われるけれども、現実社会における、自身の置かれる地位の安定感が、プレイに反映されないと言い切れるだろうか。
日本が、それら他の国に勝つためには、圧倒的な技術、戦略、戦術が必要なのではないかと思う。根性は、二の次、三の次。それらが無くても、十分、勝ちうるだけの、技術、戦術が、本当は必要なのではなかろうか。

まぁ、それらを、今後の日本が獲得できるとは限らない。
期待とは裏腹に、日本のサッカー代表は、低迷し続けるかもしれない。
その事実に気付いてしまったら、日本のサッカー界は、事実上の終焉を迎えるときだろう。

なんにせよ、今から岡田監督を変えても遅い。
オシムの話をひけば、「いつ批判を始めるのか。何を変えたいのか。」「今からではできないことがある。」と。
含蓄がありすぎて、今のサッカーファンには押しつぶされそうな重さだ。

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