幕張メッセ
誘われて、幕張メッセの展示会を見てきた。
まぁ、幕張と言うところは、何度行っても、遠い。
むろん、年月が経ったところで、物理的な地理関係が変わるわけもなく、輸送スピードが上がっても、動く距離は同じなわけだ。
例えば、時代が変わり、新幹線が高速化し、飛行機が使えるようになっても、移動時間が短くなるだけだ。
実際に移動する距離は、決して変わらない。
コレが例えば、どこでもドアのように、物理的な距離を縮めるのであれば話は別だが、そういう訳にもいかない。
移動時間が短くなると、しばしば「楽になったね」と言われることも多いが、でも、やっぱり全く疲れないと言うことはないだろう。
よくわからないが、人の体というのは、時間よりも距離を感じ取るのではなかろうか。
どんなに早く移動しても、移動した距離の分だけ疲れる、何らかの原理・仕組みがあるような気がする。
何で、どうやって感じるのかはわからないけれど、たぶん、きっとそうだ。
なお、それは、お前が歳をとったからだ、などという陰口は受け付けない。
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その幕張遠征前に、腹が減ったので、某所で立ち食いそばを食べる。
世の中には、色々と美味い物、不味い物があるが、食べててイヤになるのは、「味がしない」食べ物だ。
今までに、何度か、そういう食べ物に出会ったことがある。
秋葉原某所のラーメン、某大学の学食の味噌汁など。
何かを口にしているのだが、味がしないと、食事をしているという意識が薄らぐ。ある種の罰ゲーム的な、「苦行」の一つとなるのが、「味がしない食べ物を食べる」という行為だ。
今日の、たぬきそばも、その類だった。
しょっぱくもなく、甘くもなく、風味もなく、ただ、ぬるっとした物体を口にする気持ちがおわかりだろうか。
つゆには色もついてるし、何も入れてないわけではないのだろうが、少なくともそばを食べている気はしない。
できの悪いバーチャル体験をしているような感覚。
一般に、味覚には、「塩味」「酸味」「甘味」「苦味」「旨味」があると言われるが、そのいずれとも違う、第六の味覚、「無味」。
作っているのが、奇才か鬼才か、はたまた、希代の天才か、どなたかは存じませんが、あなたの料理は、一つのブレークスルーを体現していますよ。
しかし、新しい才能が認められるまでには、時間がかかるもの。
ゴッホですら、認められたのは死後だと聞く。第六の味覚が認められるのも、まだまだ先のことかもしれない。
どうか、世に認められるその日まで、頑張って下さい。
とりあえず、僕は二度と行かないけど、認められたときには、ふてくされて拍手したいと思う。






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